大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和31年(ネ)179号 判決

控訴人 浜西栄作

被控訴人 富山税務署長 外一名

訴訟代理人 富山税務署長代理人 栗本義之助 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴以後の訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人富山税務署長が富山県下新川郡加積村上村木百七十五番地訴外北陸鋳造株式会社に対する国税滞納処分として昭和二十五年八月十一日富山地方法務局東岩瀬出張所登記受附第三八九八号をもつて差押えた別紙目録記載の土地に対して昭和二十六年十月二十二日被控訴人実正漣子を競落人としてなした公売処分の無効であることを確認する。被控訴人実正漣子は同被控訴人を権利者として昭和二十六年十月二十九日富山地方法務局東岩瀬出張所登記受附第一六四一号をもつて前項の土地についてなした所有権移転登記の抹消登記手続をなさねばならない。訴訟の総費用は被控訴人等の負担とする」旨の判決を求め、被控訴人代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次に附加する外原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに引用する。

一、控訴代理人の主張

(一)  控訴人が本件土地を買受けた事情及び被控訴人富山税務署長が同土地について公売処分に付した経緯について

訴外株式会社北陸製作所(後に北陸鋳造株式会社と改称)(以下訴外会社と略称する)は元富山市東岩瀬町の本件土地上に工場を有し操業していたが、昭和二十年中魚津駅前なる富山県下新川郡加積村上村木に工場事務所その他一切を移転したので、旧工場用地が不用となり昭和二十一年一月三十一日及び同年二月五日附北日本新聞(甲第五号証の一、二)に同用地約千四百坪を売却する旨の公告をした。そこで、控訴人は訴外松本伊作の仲介斡旋により昭和二十一年二月八日同人方において、売却者たる右訴外会社代表者石田由正、同取締役浜本重次郎、同会社会計担任者大島多賀男の三名と会見し、本件土地を含む土地、建物につき、

一、宅地 九八四坪〇六

二、田  二六一坪

三、借地 一八七坪二六(地上権を含む)

計 一、四三二坪三二

外にグレン一基 電話(岩瀬一四三番)キユーボラ一基及び附属建物

を代金七万八千円にて買受ける契約が成立し、控訴人は同時に金五万円を支払い、次で同月十四日残金二万八千円を支払つた。(甲第二、三号証)同地上には半ば取毀しかけた建物が存在し、同建物は既に同訴外会社より訴外富山造船日本海造船に売却せられてあつたので、控訴人は之をも富山造船より買受け、一切を控訴人が引渡しを受けて現実に支配するに至つた。而して、訴外会社は右土地を会社の財産目録より削除し一方、控訴人は右買受物件のうち、地上建物及び電話を訴外金谷清吾に売却し、土地全部を地料年五千円の定めで同人に賃貸し、且つ建物の存在する敷地とその南側に位する大部分の空地とが約二、三尺の高低があつたので、当時空地の部分を土木業者に請負わしめて埋立工事をしたものである。

財産税申告当時、右土地について所有権移転登記を受けていなかつたが、財産税課税価格等申告書に(イ)東岩瀬町の右土地と富山市西宮田下割三番外宅地六百五十五坪九合七勺を賃貸価格百八十六円の五十倍価格九千三百円(ロ)東岩瀬町の残り五百八十七坪九合に対し賃貸価格百七十六円の五十倍価格八千八百円と各表示し、その他の財産を合せ総財産を十六万八千七百六十三円として所轄魚津税務署へ申告し、尚(イ)(ロ)土地は未だ所有権移転登記を終了していないので登記簿上は株式会社北陸製作所名義となつておる旨を表示して申告した。(甲第四号証)然るところ、同税務署は右財産申告を綿密に調査した結果、申告総額を二十九万九千九百二十五円と増額更正し、納税不足額に対し加算税七百五十七円六十銭を追徴した。右の如く、財産税は単に控訴人から任意申告納税したというだけの関係のものではなく、納税者の申告に対し、税務署において申告者の財産の種類、数量、その他を調査確認の上課税価格を決定して納税せしめたのであるから、控訴人対税務署の関係においては、例え公簿上の所有名義が控訴人に移転未済であつても、その財産が控訴人の所有であることを国として確認したものである。

控訴人は右買受土地につき右財産税の申告納税をなすと共に該不動産に対する地租その他の公課が登記名義人たる訴外会社に賦課されることを防ぐべく、控訴人が買受け所有する旨を関係当局に届出で、同公租公課は控訴人の代納者たる訴外金谷清吾方へ配付して貰うように手配し、同訴外人に控訴人に支払うべき地料をもつて所轄収税官署に代納することを委任し、同人がこれを代納して来た。従つて、地方税法の改正により固定資産税として地方税に委譲せらるるまでの地租(国税)は勿論、固定資産税も総て控訴人において納入している事実は何人も否定できない関係にある。(甲第十二号証の一、二、三)訴外金谷清吾が若干地租、固定資産税等を滞納していたことが後日判明したが、これも訴外会社は全然負担せず滞納処分の対象ともならず全部控訴人において納入した。

然るに、被控訴人富山税務署長が訴外会社に対する法人税等の滞納処分として本件土地に公売処分を強行したのは、偶々金谷清吾が本件土地の租税納入を怠り徴税令書が魚津税務署管内にある右訴外会社に送達せられたため、同会社の事実上の支配者たる福井友太郎及び被控訴人実正漣子の夫たる実正宗義が、東岩瀬町の旧工場用地が登記簿上名義書換をしていないことを知り、これを奇貨とし、従前は同会社の財産目録中より削除せられてあつたものを恰もそのまま財産目録に計上せられてあるものの如く虚偽の決算書を作成し、魚津税務署長に対し、右土地を同会社の本件滞納処分に付せられ度き旨申出で、同税務署長より富山税務署長に移牒するに至つたものである。(丙第二号証の二末尾記載参照)

そこで、控訴人は昭和二十五年八月三十一日訴外会社より本件不動産につき所有権移転登記を受け(同会社より一括買受けた土地のうち公売処分に付せられた分は同会社名義であり、その余の分は同会社が買受け名義書替未済であつたが、財産税申告当時にはこれを知らず、全部公簿面は同会社の所有名義にして控訴人が買受け所有する旨申告した。)一方弁護士小林信に依頼し、同年九月十日付をもつて国税徴収法第十四条に基く滞納処分取消申請を富山税務署長に提出し、該申請書は正式に受理された。然るに被控訴人富山税務署長は同申請書の提出を否認しこれに対する何等の措置を採らずに本件公売処分を強行したものである。

(二) 被控訴人等は控訴人の登記欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当しない事実について

前示の経過により、苟くも、控訴人が魚津税務署に対し本件土地を自己の所有である旨の財産申告をなし、同税務署において該申告に基いて財産税を徴収した以上、国は本件土地につき控訴人の所有権を認めたに外ならない。故に、国は、その後において、控訴人の所有権取得について登記の欠缺を主張し得る正当な権利を有する第三者に該らない。即ち、財産税を賦課徴収した魚津税務署と滞納国税徴収のため公売処分を執行した富山税務署とは行政庁を異にするけれども、いずれも、畢竟国の公権力の行使発動に過ぎないのであつて、一旦国が控訴人の所有権を認めた以上、行政庁が何人であつても、これと異る主張をなしたり、所有権取得についての登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該らないことは勿論である。国が、控訴人の所有権を確認した以上税務署当局の担当者が更迭し、前任者より引継きが怠られたとしても、これがために国として控訴人の財産の所有権を否認し得べきものではないと確信する。

由来国税徴収法による滞納処分は、滞納税者の財産に対してなされるもので滞納税者以外の者の財産に対してなされるが如きは法の認めざるところである。従つて、誤つて滞納税者以外の者の財産に対し滞納処分がなされた場合これが救済の途がなければならず、法第十四条は正にこれがために設けられた規定であることは論を俟たない。然るに富山税務署は前示のとおり控訴人よりなした取消申請を全然無視し、恰も控訴人より何等の申出がなかつたものの如く処理した。又法第二十四条により公売をなさんとするときは施行規則第十九条により之が公告をしなければならないに拘らず、法定手続を履践せず、入札の形式をもつて昭和二十六年十二月二十二日時価に比し著しき廉価にて実正宗義の妻漣子名義に売却せられている。しかも被控訴人実正漣子の落札については総てその夫実正宗義が代理人として一切を処理している。これは明らかに訴外福井友太郎、被控訴人の夫実正宗義が魚津税務署長に本件土地につき訴外会社の所有財産としてその法人税の滞納処分に付せられ度き旨申出で、同署長と通謀の上被控訴人富山税務署長をして本件差押を執行せしめたか、訴外福井友太郎、実正宗義が被控訴人富山税務署長と通謀の上、控訴人の右土地に対する所有権を冒認したものと断定するに憚らない。次の事実によつても右通謀の事実が窺われる。即ち、控訴人は弁護士小林宗信を代理人として昭和二十五年九月十日被控訴人富山税務署長に対し国税徴収法第十四条に基く滞納処分取消申請をなし、該書面は正式に受理せられ受附日印を押捺して現に富山税務署に保管せられているに拘らず、控訴人よりその申請書の控を甲第九号証(但し当審において撤回)として提出した書証に対し不知をもつて答え、原審において原告代理人より富山税務署よりその原本の取寄せを申請し、書類取寄決定がなされたのに、同税務署はこれに応ぜず、しかも同書類が富山税務署に受理されていることが否認できない事態に立至るや、甲第九号証に対する答えを訂正し、その成立を認めると共に原本が富山税務署に現存することも認むるに至つたが、原審においては遂にその原本を提出せず、当審に顕出したのである。そこで、控訴代理人は、当審においてその原本を甲第十四号証の一、二として提出した。なお、被控訴人富山税務署長指定代理入が原審に提出した丙第二号証の二には明らかに「尚本件処理については左記にも照会されたい」と記載した次に

富山市下木町二一(電話四四五五番)

福井友太郎

金沢市上柿木畠三七

実正宗義

3局六五七九番

と記載しあるを、殊更に実正宗義の部分を削除した写を提出した。(同書証の写を甲第十五号証の一、二として提出)これ等一連の事実は、本件公売処分につき、実正宗義と被控訴人富山税務署長又は魚津税務署との間に連絡があり、同人等通謀の上控訴人の権利を無視して敢行せられたものであることは極めて明瞭である。この重要証拠を湮滅せんとして、富山税務署は甲第九号証の原本の提出を拒み、被控訴人富山税務署長指定代理人は丙第二号証の二の重要部分を削除した写を提出したものである。尚又被控訴人実正漣子は、形式上善意の如く装われているが、訴外会社と前示関係にある夫宗義が一切を代理摂行しているのであるから、同被控訴人は本件につき上告審の判示せる如き登記の公信力に信頼して競落人となつた第三者とは認めることができない。

仮りに、以上の事実が認められないとしても、魚津税務署が本件土地の名義は訴外会社となつているが控訴人の所有たることを認め財産税を徴収した以上、爾後被控訴人富山税務署長において、これと反対の主張が許されないことは勿論、本件公売処分をなしたり、或は本訴において登記の欠缺を主張することは信義誠実の原則に反し、又権利の濫用であつて共に民法第一条第二項第三項によつて何れも許容されないことである。

と述べ

二、被控訴人富山税務署長の主張

本案前の抗弁として、本件公売処分の違法は単に取消の原因たるに止り当然無効の原因とはならない。然るに控訴人は未だ右処分の取消につき何等の救済を求めていないから本訴請求は失当である。その根拠は次のとおりである。およそ行政処分にいかなる瑕疵があつた場合にこれを無効としないで単に取り消し得るものとするかについて学説上議論の存するところであるが、結局瑕疵が無効原因であるかそれとも取消原因たるに過ぎないかは、個々の場合に法規を合理的に解釈して、瑕疵が重大かつ明白であつて法の目的とするところが法に違反する処分の効果を全く否定することを要求しているか否かによつて決すべきものと考える、けだし、行政処分はそれによつて国民に対して権利を設定し又は義務を課する等一定の法律的効果の発生を目的として行われるものであみが、一度行政処分が行われれば国家も処分の相手方たる国民もこれに拘束され、又一般の第三者もこれを信頼して行動するのが常であつて、行政処分を基として法律生活の安定、取引の安全、信頼の保護その他の個人的社会的諸利益が相重つて存在するに至るのであるから、行政処分を無効とし、始めから何等の効果も生じないものとするには、右のような諸利益を犠牲にしても、なおかつ止むを得ないという場合に限定すべきものであり(行政行為の一部無効、無効行為の転換、無効行為の治癒の理論も、行政処分の無効を認めることによつて法律生活の安定取引の安全が害されるのを極力抑制しようとするところにそのねらいがあるのである。)従つて、軽微な瑕疵が存在する場合はもちろんのこと、たとえ重大な瑕疵が存在する場合でも、その存在が客観的に明白でない場合、直ちにこれを無効とすることは如上の諸利益を不当に害する結果になつて妥当ではなく、かような場合には処分は一応有効なものとして取扱つた上、異議の申立、訴願等法律の定める手続により、又は処分行政庁の職権による取消によつて違法を匡正するのが妥当であると考えられるし、又行政処分を行う上からいえば、軽微な瑕疵があるに過ぎない場合や重大な瑕疵があつてもそれが客観的に明白でない場合に行政処分が無効になるとすれば、この処分に信頼して各種の法律関係を設定した第三者に多大の損害を与え行政庁が行政処分をなすことが事実上不可能となつて、円滑な行政運営は期待されず、ひいては法の目的の達成に重大な支障を支えることになるからである。ところで、本件公売処分は正当な権限を有する被控訴人富山税務署が、その権限に基いて国税徴収法により差押及び公売処分をなしたものであつて、この処分自体に何等法規違反もなく、かつ客観的に明白な瑕疵が存在しないのであるから、同被控訴人のなした公売処分をもつて法律上当然無効とすることはできないものであり、控訴人が土地の所有権を取得したことは公売処分当時は明らかにされていないのであるから、仮りに公売処分に瑕疵があつたとしても、その瑕疵は公売処分当時においては明瞭でなく、登記簿上の名義人に対してなされた公売処分は当然無効ではなく、単に取消し得るに過ぎないといわなければならない。しかも、同被控訴人がなした公売処分は租税債権徴収のためになしたものであつて、登記簿その他の公簿をはなれて真実の所有者を探究することは事実上困難であり、公簿の記載は一応真実に合するものと推量することは極めて自然であるから、政府機関が公売処分をなすに当つては、一応登記簿その他の公簿の記載に従うことは、行政上の事務処理の立場からいつて是認せられねばならないのであつて、この場合若し登記簿の記載を信じて登記名義人に対してなされた公売処分が当然無効であるとすれば、租税債権確保に重大な支障を来すことはむしろ当然であり、かかる犠牲を払つてまで右公売処分を当然無効と解しなければならない合理的根拠は毫も存しないと考えられるのである。要するに、登記簿の記載を信頼して登記名義人に対してなされた公売処分は当然無効とはいえないものである。と述べ。本案につき、財産税法は申告納税制度を採用し、納税義務者が自己の財産に価格を付して所定の期限までに申告し、所轄税務署長がその評価を是認し税額を計算してこれを納税義務者に通知すると、納税義務者がその税額を納付するわけである。しかし、納税義務者の申告洩れがあつたり財産隠匿の事実があれば、税務署長の調査したところによりこれを増額更生するわけであるが、財産税を設けられた当時は、一定の期日に多数の申告を受けその真否につき一々実質的帰属に立入つて調査することは殆んど不可能に近かつたので専ら申告を基礎として課税せざるを得なかつたのであつて、税務署の調査の重点は財産税申告において最も財産隠匿或は過少評価のなし易い商品、骨董品その他の流動資産等の調査評価等に注がれていたのである。控訴人の場合においても、総額一六万八千七百六十三円の申告に対し二十万九千九百二十五円に増額更正された理由は、主として商品の申告額五万九千九百七十円に対し税務署長がその評価額を十万円と認定したことによるものであつて、本件不動産その他については控訴人の申告をそのまま是認している。本件土地がいかなる原因に基いて控訴人に取得されたものであるか、果して該土地が法的に控訴人に帰属するかどうかを調査したわけではない。従つて税務署長が控訴人の財産税の申告に対し増額更正をなしたからといつて、本件土地が控訴人の所有であることを確認したものとはいえない。控訴人は本件土地につき財産税の申告納税をなしたのみでなく、その後も地租その他の公課を訴外金谷清吾を納税代理人として納税していると主張するが、その事実を否認する。そればかりでなく、仮りに控訴人において事実上本件土地に対する地租を引き続き納付していた事実があるとしても、地租は土地台帳に登録された者に課税される建前となつているから控訴人に課税したことにはならず、又地租は昭和二十二年度以降地方税に移管せられ、国とは関係がなくなつているから、国が本件土地を控訴人の所有と認めて引き続き徴税を実施していたことにはならない。

更に本件滞納処分を行うにつき税務署長が訴外福井友太郎及び被控訴人実正漣子の夫実正宗義と通謀した事実はない。本件滞納処分を行うに至つた経緯は、最初は滞納者訴外会社所有の富山県下新川郡加積村上村木一七五番地所在工場内の機械器具を差押えたところ、福井友太郎が魚津税務署に出頭し、工場の機械器具を差押えられては工場の運転ができないかち、本件土地を差押えて機械器具の差押を解除して貰い度いと陳情したので、同署長は部下職員をして一応調査せしめ、滞納会社からこれが所有を確認する旨の書類(丙第一号証の一、二)の提出があつたので、管轄庁たる被控訴人署長に引継をなしたのである。そして被控訴人署長は引継に関する書類(丙第二号証の二)の備考欄に一、所有者は前記滞納者名義、二、各土地について昭和二十五年三月二十九日附東岩瀬支所よりの所有証明書提出があり、との記載に信頼して、本件土地について差押を執行したものである。しかも、本件土地に対する差押後も機械器具の差押を解除せず、結局訴外会社の要望は容れられなかつたし、実正宗義は昭和二十五年八月頃同人に対する昭和二十二年分乃至昭和二十五年分の所得につき脱税容疑により国税局査察官の臨検捜索を受け昭和二十八年十月二十四日金沢地方検察庁に告発されている程で、本件公売処分の有われた昭和二十六年十月二十二日前後において滞納税金のため数回に亘り同人の財産に対し差押がなされているから、税務署と実正宗義との間は対立状態にあり、通謀等行われた事実は全くない。

次に、控訴人は甲第九号証の認否及び丙第二号証の二末尾に実正宗義の住所及び電話番号が記載されている事実に疑惑をもつようであるから、ここに弁明する。

即ち、本件土地が昭和二十五年八月四日差押えられた後、控訴人の代理人である弁護士小林宗信が富山税務署に二、三回出頭し、本件土地が控訴人の所有であると称して滞納処分の取消方を申出でたが、同弁護士が同署係官に示した書類によつては、未だ控訴人の所有を証するに足る資料としては十分でなかつたので、係官がその都度解除できない旨口頭で説明し又甲第九号証によつても本件土地につき控訴人が財産税を納入した事実は記載されていないし、控訴人の所有であることを証明するに足る憑票も添付されていなかつた。従つて、第三者より国税徴収法第十四条に基く財産取戻請求書が提出されても、税務署長としては差押物件が第三者の所有であることが証明されない以上公売処分を実行すべきものである。そして甲第九号証については、当時富山税務署に保管中の関係書類等につき調査したところ、同一記載内容の滞納処分取消申請書が発見されなかつたため同申請書は町税務署に受理されていないものと考え、不知と述べたが、偶々昭和二十七年十一月頃同税務署において右申請書が発見されたので、後の口頭弁論においてその成立を認めるに至つたもので、故意に右申請書の存在を隠蔽したものではない。甲第十五号証(丙第二号証の二の写にして、末尾に実正宗義の住所氏名及び電話番号が記載された分)作成の経緯は次のとおりである。第一審当時の被控訴人富山税務署長指定代理人老田実人が、丙第二号証の二の写作成方を代理人所属の富山地方法務局部下職員に命じたところ、その作成に際し偶々丙第二号証の二の書類の次頁に綴込んであつた。同号証とは全く関係のない実正宗義の住所氏名及び電話番号の記載された罫紙の分までも同文書と一体のものと誤信して丙第二号証の二の写として作成し、同指定代理人はこの事実を看過してそのまま一審裁判所に提出し且つ控訴人側代理人に交付した。同審において審理中右事実を発見したので、裁判所に対しては新に正式な写を提出し、控訴人側に対しては当時の控訴人訴訟代理人中田忠雄等の諒解の下に、先に交付した写の内、実正宗義の記載部分は便宜控訴人側で抹消して貰うことにして、新に写を交付しなかつたものである。

右のような次第で、同被控訴人において、実正宗義等との通謀の事実を隠蔽せんがため、実正宗義の記載部分を故らに取外したわけではない。このことは、富山税務署が魚津税務署より昭和二十五年六月二十九日受理した丙第二号証の二と同一内容の丙第七号証中に実正宗義の記載部分がないことによつて明らかである。魚津税務署に保管の引継書である丙第八号証の一、二(丙第二号証の二の原本)を仔細に検討するに丙第八号証の一に使用された罫紙は当然全国の税務署が使用していた片面罫紙にして欄外に「日本政府」「税務署」なる印刷があり、丙第八号証の二の用紙はこれと全然別質のものにして紙質及び筆蹟が異つていることによつても明らかに前示の事情が看取される。丙第八号証の二(実正宗義の住所氏名及び電話番号を記載した罫紙)が丙第八号証の一(従つて丙第二号証の二)の次頁に綴込まれていた経緯は明確ではないが、恐らく、本件土地の公売前頃に、同人が、本件公売に参加すべく公売の時期等を聞くため魚津税務署に出頭した際に、同人が自己の氏名住所等を記載した罫紙を同署に置いて帰つたものを、同署係員が関係書類として、丙第八号証の一の次頁に綴込んだものではないかと思われる。

以上の経緯に徴すれば、本件訴訟手続上被控訴人側に、いささか不手際なところがあり控訴人の誤解を招いた点がないでもないが、被控訴人が実正宗義、福井友太郎等と通謀した事実は全くないことが明らかであろう。

仮りに、本件滞納処分につき、実正宗義と訴外会社との間に通謀があり、同人等及び競落人実正漣子に悪意があつたとしても、国については、本件につき最高裁判所が判決理由に判示したような、控訴人の意に反して積極的に本件土地を控訴人の所有と認定し、或いは爾後もなお引続いて本件土地が控訴人の所有であることを前提として徴税を実施する等控訴人において本件土地が所轄税務署長から控訴人の所有として取扱わるべきことをさらに強く期待することがもつともと思われるような特段の事情は存在しない。

と述べ、

三、被控訴人実正漣子の主張

仮りに被控訴人富山税務署長は控訴人の所有権を否認し得ないとしても、これと控訴人、被控訴人間の関係は別個の問題にして、控訴人は民法第百七十七条により被控訴人の所有権取得を否定し得ないものである。訴外会社は控訴人に本件土地を売渡したけれども、その所有権取得登記を経ない間に富山税務署長より差押登記がされたものとすれば、それは恰も、右会社は控訴人に本件土地を売渡したけれどもその所有権移転登記未了の間に被控訴人に売渡して移転登記をした場合、即ち二重売買と同じ法律関係である。この場合富山税務署長は右会社の本件土地所有権を行使し会社の所有物として差押登記をなし公売したのであり、右会社も売主と同じ地位に立つものである。従つて二重売買かなされたのと同じこととなる。このようになるのは控訴人が登記を経ないためで登記制度の必然の結果である。これを否定しては登記制度は破壊されてしまう。被控訴人は会社の所有権登記を信頼して競落したのであるから控訴人はその所有権取得をもつて被控訴人に対抗することができない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、本訴請求は、控訴人の主張自体に徴し、公売処分の無効原因になり得ると考えられるので、被控訴人富山税務署長の本案前の抗弁は理由がないこと。

二、控訴人は昭和二十一年二月八日訴外会社より本件土地をその外の田地、電話等と共に代金七万八千円にて買受け有効に所有権を取得したこと。従つて、右売買契約は訴外会社取締役の過半数の決議によらず、代表取締役石田由正の独断でなされたもの故無効である旨の被控訴人等の主張及び右売買は石田由正と控訴人間の通謀虚偽表示であるとの被控訴人実正漣子の主張は、いずれも採用しないこと。

三、そして、被控訴人富山税務署長は、訴外会社に対する昭和二十四年度滞納国税等徴収のため滞納処分を魚津税務署長から引継ぎ昭和二十五年八月二十一日富山地方法務局東岩瀬出張所登記受附第三八九八号をもつて本件土地につき差押登記をなし、控訴人は同月三十一日右売買による所有権移転登記手続を了したが、被控訴人富山税務署長は昭和二十六年十月二十二日被控訴人実正漣子の競落人として同土地の公売処分をなし、同月二十九日富山地方法務局岩瀬出張所受附第一六四一号をもつて被控訴人実正漣子を権利者とする所有権移転登記がなされたものであるが、この土地に関する被控訴人等の権利関係は、民法第百七十七条の適用があるものと解すること。

等については、原判決の理由記載(原判決第七葉裏九行目より第十二葉表十一行目までの記載)と同一に判断する。よつて、ごれを、ここに引用する。

当審における証人高柳太一、同実正宗義の供述は、二の認定事実を覆し、訴外会社代表取締役石田由正が独断専行した無効の契約と断ずる資料としては足らず、乙第四号証の一、二、三が訴外高柳太一の手裡に存することは右認定の妨げとならない、その他、当審において提出援用した証拠によつては前認定を左右するに足りない。

尚、控訴人が本件土地を買受けた後の支配状況を見るに、前示甲第三号証に、成立に争のない甲第十二号証の一、二、三、当審(破棄差戻し後の当審以下同じ)証人野田政次、同石田由正、同金谷シサ、控訴人本人浜西栄作(第一回)の供述によれば、控訴人は昭和二十一年二月十四日訴外会社代表取締役石田由正に対し本件土地の残金二万八千円を支払うに際し、権利証の交付を要求したところ、石田由正が権利証は今見当らないが何時でも登記請求に応ずることを約したので残金の支払を了し、その後同人に数回移転登記手続を請求したけれども行き違いのために、登記手続が未済になつていた。控訴人は所有権を取得すると同時に本件土地の引き渡しを受け、一部土地砂埋立をなし、同地上の建物を訴外金谷清吾に売却し、右土地は同人に賃料年五千円の約定で賃貸した。そして同訴外人は同所においが煉炭製造業を経営していた。一方控訴人は、同不動産に対する公租公課の徴税令書が登記名義人たる訴外会社に行かないように、所轄富山市役所東岩瀬支所に対し金谷清吾において代納するから同人に令書を交付され度いと申出で、訴外会社宛の徴税令書を同人が受取り控訴人に支払うべく右資料をもつて、昭和二十一年の地租(国税)及び地方税、昭和二十二年度以降二十四年度頃迄の地方税を代納した。控訴人が所有権を取得した後訴外会社の法人税滞納による差押を受けるまでは、何人からも、控訴人の所有支配には異議が出なかつた事実が認定される。

四、そこで、進んで、被控訴人等は、本件土地につき、控訴人の登記欠缺を主張するにつき正当の理由を有する第三者に該当するか、どうかを判断する。

控訴人は被控訴人富山税務署長は本件土地が控訴人の所有に属し、滞納者訴外会社の財産でないことを熟知しながら、本件公売処分を執行したものであるから、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当しないと主張し、その根拠として控訴人は昭和二十一年二月十五日魚津税務署長に対し、右土地を自己所有財産として財産税の申告をなし、同署長が同申告に基いて財産税を徴収し、昭和二十一年度以降の国税、地方税を金沢清吾を代納者に指定して控訴人が納税している。又控訴人は昭和二十五年九月十日被控訴人富山税務署長に対し弁護人小林宗信を通じ、国税徴収法第十四条に基き、滞納処分取消申請書を提出して第三者の財産取戻請求をしたところ、同税務署は同書類を正式に受附けたに拘らず、これを無視し、何等申出がないものの如く公売処分を執行した。というのである。

先ず、本件土地に対し財産税及び昭和二十一年度以降の公租公課を控訴人に賦課した点を見よう。控訴人が昭和二十一年二月十五日魚津税務署に対し、右の土地を自己所有財産として財産税の申告をなし、同署長が同申告に基いて財産税を徴収したことは当事者間に争がなく、右被控訴人において成立を認める甲第四号証によれば、右財産税の申告に当り申請者に同土地につき「登記面は加積村上村木訴外会社石田由正分」と特記したことが明認される。そして、控訴人が同土地につき昭和二十一年度の地租並びに地方税昭和二十二年度以降昭和二十四年度頃迄の地方税を金谷清吾を通じて納入したことは前認定のとおりであり、前示甲第十二号証の一、当審証人野田政次同佐藤与七郎の供述によると、昭和二十一年度以降昭和二十四年度迄の富山市役所東岩瀬支所備付収納簿納税義務者北陸製作所の分にペン書にて(生地駅前、浜西栄作買得)と記載してあることが明白である。控訴人富山税務署長が本件土地を差押えた事情を観ると、成立に争のない丙第一、二号証の各一、二同第五号証、原審証人荒井久秀同土田豊二同福井友太郎同清河重次同大島長松、原審並びに当審における証人森武夫当審における控訴人本人浜西栄作の供述を総合すると、魚津税務署は訴外会社に対する滞納税徴収のために同会社所有の富山県下新川郡加積村上村木百七十五番地所在工場内の機械器具を差押えたところ、本件土地に対する税金を控訴人のために代納していた金谷清吾が事業不振により滞納したため、富山市役所東岩瀬支所より、登記名義人である訴外会社に徴税通知が送達せられ、同会社の実質上の支配者である福井友太郎において、右土地が同会社名義であることを知るに及び、これを奇貨として、福井友太郎から魚津税務署係員に対し、従前の差押物件である会社所有の機械器具に代えて本件土地を差押え機械器具の差押を解放され度いと陳情し、昭和二十五年三月三十日右土地所在地の富山市役所東岩瀬支所の所有証明書を添付して同土地に対する差押希望書を提出したので、同税務署長は右申請書を容れ同土地について差押を執行すべく、管轄庁たる被控訴人富山税務署長に引継ぎ、同被控訴人は引継書添付の所有証明書に基いて昭和二十五年八見二十一日本件土地を差押えるに至つた事実が認められる。

次に控訴人より代理人小林宗信を通じて同被控訴人に対して財産取戻請求をした点を見るに、成立に争いのない甲第十四号証(撤回するまでの甲第九号証はこの控にして控訴人の手裡にあつたもの)その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められ、従つて真正な公文書と推定せられる丙第九号証原審証人土田豊二当審における証人土肥喜久夫並びに控訴人本人浜西栄作の供述によると、控訴人は、本件土地に対し、訴外会社の滞納処分として差押を受けたことを知るや、直ちに、弁護士小林宗信を代理人として、富山税務署に対し、数回に亘り同土地は控訴人が買受け所有するものであるから差押を解除され度いと陳情し、証明書類として、訴外会社代表者石田由正と控訴人間の売買契約書(甲第二号証)を呈示し、一方自らも、魚津税務署係員に同様苦情を申出で、所有権移転登記を受けると同時に小林宗信より被控訴人富山税務署長に対し昭和二十五年九月十四日滞納処分取消申請書を提出した。然るところ、富山税務署係員は同土地の登記簿上の名義が控訴人でないことを事由として、右陳情を取上げず、申請書は正式に受理しながら、富山税務署員土肥喜久夫の書類箱に放置したまま失念し、本件訴が提起された後も暫くその存在に気付かず、約一年半を経過した昭和二十八年六月四日に至り、差押当時控訴人に登記がないとの理由で申請を棄却する旨を通知した事実が認められる。

右認定事実によつて考察するに、控訴人が財産税を申告納入したのは魚津税務署にして、本件滞納処分を執行したのは富山税務署であつて、各所管官庁を異にし、又富山税務署に右滞納処分の取消を陳情し同申請書を提出するに当り、小林宗信より、本件土地は登記未済であるが、控訴人所有財産として財産税を申告納入の事実を陳情したこと及びその証憑を添付した形跡が見られないので、富山税務署は事実上、控訴人が本件土地につき財産税を申告納入した事実に気付かなかつたものというべく気付かなかつたことに無理からぬところがある。

又控訴人が金谷清吾を代納者として、本件土地に対する、昭和二十一年度の地租(国税)並びに地方税、昭和二十二年度以降同二十四年度頃迄の地方税を納入したことは間違いないか金谷をして事実上納入せしめたというのみで、所定の手続を履んで金谷清吾を代納人と定めたものでないから、これ亦富山税務署がその間の事情を知り得べき筈がない。富山市役所東岩瀬支所の収納簿の訴外会社欄に(生地駅前浜西栄作買得)なる註が附してあるのは前示のとおりであるが、その事情は前示証人佐藤与七郎の供述によると、控訴人を納税義務者として表示したのでないことは勿論代納者として表示したものでもなく、だだ徴税係として職務上滞納を少くすべく控訴人に徴税通知をすれば納税するだろうとして心覚えに記載したことが認められる。しかし、、控訴人が金谷清吾からその申出があつたので係員がこれを記載したであろうことは疑がない。この事実があつても、富山税務所は、地方自治体の右行為を知つていたと特に認むべき証拠がない。然らば、富山税務署は以上の事実を全部知悉しなかつたというべく、従つて、被控訴人富山税務署長はこれを熟知しないといわざるを得ない。

然し、魚津税務署が財産税を徴収したのも、富山税務署が本件滞納処分を執行したのも、共に国の行政上の行為である以上、国が右事実を知悉したことにならないかという点を吟味しなければならない。

国の機関が、一方において控訴人の所有権を認めて財産税を徴収し、他方においてこれを否定して訴外会社に対する滞納処分として執行したものであり、しかも、同一県下の隣接する税務署間において、かかる取扱をしたのであるから、一層問題となる。

控訴人は富山税務署に対し切角滞納処分取消申請の手続まで採りながら、財産税並びに国税を納入している事実を証票に基いて明白にする措置を採らなかつたうらみはあるが、兎も角、右申請により富山税務署に再考の機会を与えたのであるから、富山税務署は、これを進んで調査すべき法律上の義務がないとしても、謙虚にこれに耳を傾け、魚津税務署に問合せる位の親切な取り扱いが期待された。申請書を書類箱に抛棄したまま忘却してしまうに至つては沙汰の限りであり、官僚独善の非難も故なしとしない。控訴人の立場よりすれば、この点に不服をもつのは、諒するに難くない。これがため、唯一絶対の機会を逸したことになり、不幸の巡り合せというほかがない。

被控訴人富山税務署長は、財産税は申告納税制度にして一定期日に多数の申告を受けたので実質的帰属に立入つて調査することは殆んど不可能に近かつたので、財産税を徴収したことは、控訴人の所有を確認したものとはいえない。従つて、税務署が一方において財産税を徴収し、他方において、これに対し他人の所有物として滞納処分を執行しても妨げがないと弁解する。当時の実情は同被控訴人のいうとおりであつたろうが、苟くも、善良な国民が自己の財産として申告納税し、その申請書にも登記名義人は訴外会社となつていることを明示してある以上、魚津税務署、従つて国としてはこれを控訴人の財産として課税したものであり、控訴人の所有権を消極的にてあれ、承認したことになるのである。一般国民もこれを疑わないのみか、そう期待するであろう。勿論税務署は、財産の帰属を最終的に決定するものでなく、徴税の立場から、一応納税者の財産と認めて徴収したものである。しかしその所有権を徴税の立場から承認した限りにおいて、消極的であれ、積極的であれ、納税者の財産たることを承認したことに変りがなく、その間に逕庭を設くべき理由がない。

然しながら、本件事案の判断につき、上告裁判所から破棄差戻を受けた当裁判所は、上告審が破棄の理由とした事実上及び法律上の判断に覊束せられ、その上告審の説示によれば、本件において、国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に該らないというためには、財産税徴収に関し、右認定の如き控訴人が財産税を申告納入し、滞納処分取消申請をしたのみでは足りず、所轄税務署長がとくに控訴人の意に反して積極的に本件不動産を控訴人の所有と認定し、あるいは、控訴人において本件土地が所轄税務署長から控訴人の所有として取り扱わるべきことをさらに強く期待することがもつともと思われるような特段の事情がなければならないと解するのが相当であるというにあるところ控訴人の全立証によつても、前示認定以上に、上告審が説示するが如き事実を認定し得ない。然らば、控訴人が本件土地につき財産税を申告納入し、被控訴人富山税務署長に対し、滞納処分取消申請の手続をとつたとしても、同被控訴人が本件滞納処分の続行を図つたことをもつて背信的態度として非難することを許されないと認めざるを得ない。結局、控訴人主張の右の事実があつても、国は右の事実を知悉したことにならず、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に該ることになり、登記簿に依拠してなした本件公売処分は有効であると断ずることになる。

次に控訴人が昭和二十一年度の国税並びに地方税昭和二十二年度以降同二十四年度頃迄の地方税を金谷清吾を通じて納税した点について考える。控訴人は右の公租を事実上訴外会社に代つて納入したに過ぎないから、所轄富山税務署は同土地が控訴人の所有であることを前提として徴税を実施したことにはならない。それ故控訴人において本件土地が所轄税務署長から控訴人の所有として取扱わるべきこと更に強く期待することがもつともと思われるような特段の事情があるということにはならない。本件土地に関する富山市役所東岩瀬支所の収納簿に(生地駅前浜西栄作)なる註書があつても、前叙のように被控訴人富山税務署長とは無関係のことであるから、これ亦、控訴人の所有として取扱わるべきことをさらに強く期待することがもつともと思われろような特段の事情となすことができない。

控訴人は進んで、本件公売処分は訴外福井友太郎(訴外会社の実質上の支配者)実正宗義(被控訴人実正漣子の夫)が魚津税務署長又は被控訟人富山税務署長と通謀の上執行したと主張し、これが例証を挙げるので、この点について判断する。

控訴人が富山税務署長に提出した滞納処分取消申請書が妥当な取り扱いを受けなかつたこと、並びにその事情は前叙のとおりであり、右申請書の控である甲第九号証に対する認否、原審において原本の提出がなかつたこと等は、本件記録の経過に徴し控訴人主張のとおりであることが明らかである。しかし、被控訴人富山税務署長が、含むところがあつて、右のような措置をとつたと認むべき証拠がない。又成立に争のない丙第二号証の二、同第八号証の一、同第七号証、甲第十五号証当審証人老田実人の供述により成立が認められる丙第八号証の二に当審証人稲村長蔵同老田実人の供述を総合すると、控訴人の右書証に関する主張は全くの誤解に出ずるものであることが明白である。即ち、実正宗義は多額の滞納を有しその所在が判明しないため、所轄金沢国税局がその所在を捜しており、その本籍地の管轄庁たる魚津税務署に所有不動産がないかどうかを照会、調査に来たことがあつた。そこえ実正宗義が偶々魚津税務署に訴外会社に対する本件土地の公売処分のことを尋ねて来たので、同署係員は、実正の所在を金沢国税局に連絡すべく、実正に住所、電話番号をメモさせて、これを訴外会社に対する滞納処分関係書類に綴ぢ込んで置いた。ところが、原審において、魚津税務署保管の引継ぎ書の記案を丙第二号証の一、二として提出し、同号証の二の写を作成する際に誤つて関係書類として頁の別葉紙に記載してある実正宗義の住所氏名、電話番号を滞納処分の照会先として福井友太郎の住所氏名の次に連記し、恰も同一葉紙上に照会先として福井友太郎と実正宗義を併記してあるが如き甲第十五号の写を作成して第一審原告訴訟代理人に交付した。同審における審理中に丙第二号証の二の写が誤なることを発見して原審裁判所にはこれを訂正した写を提出し、原告代理人には誤記の郁分を抹消して貰うように依頼して訂正した写を交付したかつたことに起因することが認められる。右は魚津税務署長から被控訴人富山税務署長に引継いた原文(富山税務署保管のもの)たる丙第七号証本件記録編綴の丙第二号証の二の写とを対照し、丙第八号証の一、二の原本によつて見れば、実正宗義の住所氏名電話番号を記載した葉紙(便箋紙)ば福井友太郎のそれとは全然別葉紙にして、紙質が異り、その筆蹟も異る点からも容易に了解される。同葉紙記載の実正宗義なる筆蹟が当審における宣誓書に同人が記載した署名と酷似する点から、同人が自ら便箋紙にその住所氏名電話番号を記載して魚津税務署に提出したものと認められる。

然らば、以上控訴人が例証した事実は、魚津税務署長又は富山税務署長と福井友太郎、実正宗義間に適牒ありとする事実認定の資料とならず、その他、これを肯認すべき証拠が存在しない。

尤も福井友太郎が訴外会社所有の機械器具が差押えられて困惑していた矢先、本件土地に対する納税通知書を受取り、本件土地が同訴外会社の所有名義なることを知り、これを奇貨として魚津税務署に対し、右機械器具に代えて本件土地を美押えて貰い度いと申出で、その差押に協力したことは前示のとおりであり、その経緯を実正宗義との関係において考察してみるに、原審証人福井友太郎原審並びに当審証人石田由正当審における証人実正宗義並びに控訴人浜西栄作の供述を総合すれば、次のような事実が判る。

実正宗義は福井友太郎と別懇の間柄にして、同人に対し、その頃二百五十万円を預けたところ、同人がこれを訴外会社に融資した。同会社はボロ会社で機械器具を滞納処分により差押えられて動きがとれず、到底容易には返還し得ない状況であつた。そこで実正は福井と共に同訴外会社の工場や炭鉱を視祭したりして取立てに腐心していた。その折、福井が前示の如く、本件土地が訴外会社名義になつているのを奇貨とし、既に控訴人に売却され会社財産でないことを知りながら、福井より魚津税務署に対して、同土地を差押えて機械器具の差押を解放され度いと申出で、その申出が実現するや、実正宗義は自ら妻たる被控訴人実正漣子の名義をもつて競落したのである。

しかし、実正宗義が右福井友太郎と通謀して自ら競落した事実及び同人から聞知するかその他の方法により本件土地の実質上の所有者が控訴人であることを知悉していた事実を確認するに足る証拠はない。

右認定に反する福井友太郎、実正宗義の供述部分は措信しない。右の事実は福井友太郎と実正宗義との関係であるから、被控訴人実正漣子に関して影響を与える場合があるは格別、国に関する限り、何等影響がないと解する。けだし、国は、適法に公売処分を実施する限り、隠れた右の如き事情によつて影響を、受けないからである。

而して成立に争のない丙第六号証によれば、国は法に従つて公売公告をなし入札の方法により公売したことが明白であり、本件公売処分は適法と認められる。

五、更に控訴人は魚津税務署が本件土地の名義は訴外会社となつているが、控訴人の所有たることを認め財産税を徴収した以上、爾後被控訴人富山税務署長において、これと反対の主張を許されないことは勿論、本件公売処分をなしたり或は本訴において登記の欠缺を主張することは信義誠実の原則に反し、又権利濫用であると主張するが、前段については、国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者か該るかどうかの問題と一致することであつて、既にその理由がないことは指摘したところであり、後段権利濫用の主張も前説示に照し採用することができない。

六、最後に、被控訴人実正漣子は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に該るかどうかを見よう。

同被控訴人についてこれを見る場合、前認定のとおり、その夫たる実正宗義が妻名義をもつて競落したのであるから、実正宗義自身に背信的態度があるかどうかによつて左右されるものと考える。

そこで、実正宗義が本件公売処分に関与した事情を見るに、同人が福井友太郎と気脈を通じ競落に成功したことは前示のとおりであるが、同人が福井友太郎と通牒し訴外会社の所有財産でないことを知りながら、魚津税務署を動かして自ら競落したことまでも確認すべき証拠がない。同人に疑点がなくはないが、控訴人の立証をもつてしては、これを確認することができない。

七、そうだとすれば、国については、上告裁判所が説示する如き、財産税の徴収に関し、所轄税務署長がとくに控訴人の意に反して積極的に本件不動産を控訴人の所有と認定し、或は、爾後もなお引き続いて右土地が控訴人の所有であることを前提として徴税を実施する等、控訴人において本件土地が所轄税務署長から控訴人の所有として取扱わるべきことをさらに強く期待することがもつともと思われるような特段の事情を肯認するに足りる証拠がなく、その他、背信的行為を肯認すべき証拠がないし、被控訴人実正漣子にも、本件競落において背信行為ありと断ずるに足る証拠がないことに帰し、控訴人の本訴請求は、いずれも失当として棄却を免れない。右と同旨に出でた原判決は相当であり、本件控訴は棄却すべきものとする。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例